Masaharu Fukuyama Presents

♯.13 「Never forget ・・・佐山佳晃編 A」
(NOV/21/04)

 慌てて自宅とは反対方向にハンドルを切り、佐山の運びこまれた病院へと急ぐ。普段なら1時間は掛かる距離ではあるが、一箇所の工事渋滞があったものの約40分程で病院に着く事ができた。
しかし、やけに時間が掛かった様に思えたな。そう、2時間にも3時間にも・・・
病院に着き集中治療室前の待合室に入ると飛び込んできた皆の重苦しい顔が事の重大さを物語っていた。
佐山の叔母さん、同郷で同じく大阪でボクサーを目指している村田君兄弟、辻本会長、伊勢、そして東尾。
試合場を後にした時は至って普通だった佐山だが、食事中次第と口数が減り、トイレに立ってから急に倒れ意識を失ったという。
一緒にいた親友の村田兄弟がすぐに状況を判断し、救急車を呼びジムへも連絡してくれたのだ。
現在はまだ意識も完全に無く予断を許さない状態だと伊勢から聞く。
「佐山、早く会長や俺らの待つコーナーへ帰って来い!!」 
・・・祈るしかなかった。
日付が変わった頃、佐山の叔母さんと辻本会長が呼ばれ説明を受ける。
「今夜はこのまま様子を診て明日以降に手術をするかどうかを決める」
えっ!?大丈夫?そんなんで大丈夫なんかいな??
仕方なしに言葉なく帰路につく。 時刻は0時半を回っていた。

ボクシングはワンパンチで倒されて派手にKO負けした時の方がダメージが少ない事がある。細かい連打で小さなパンチを断続的に受け続けた時の方が脳へのダメージの蓄積が大きいからだ。
一旦自宅に戻り、頭の中の試合のビデオを巻戻し、再生してみる。
2度のダウンこそ奪われたものの絶えず前に出ていたのは佐山だった。ダウンの際に後頭部をリングマットに打ち付けた事もない。連打に曝されて棒立ちになった場面も見当たらない。
しかし今は何を考えても、思い出してみてもどうなるものでもない。
ホンマに今は祈るだけ・・・
そんな時、充電中の携帯のメールに気がついたのが午前4時過ぎだった。
ママさん(会長夫人で江坂ジムマネージャー)からのメールが既に40分も前に着信されていた!
「佐山君の緊急手術が始まったようです。会長が叔母さんを乗せて再び病院へ向かいました」
 ・・・・・・・・・・
顔を洗い、着替えを済ませ、すぐに車を走らせた。
先程通った工事渋滞の道を通らない様にギリギリのスピードで病院へ飛ばす。
時計は午前5時過ぎを指していた。 
病院の正面玄関は鍵が掛けられ閉められていたので守衛さんに事情を説明し中へ入らせてもらい現在の状況を調べてもらった。
既に手術も終わり、会長らも帰られたというと言う事は無事???勝手に解釈して少し冷静さを取り戻した俺は守衛さんに頼みこんで ICU に内線で連絡してもらい容態を聞いてもらった。
しかし、やはり詳しくは教えてもらえなかった。
その時、 「お疲れ様でした!」 看護士さんらしき女性が非常門から帰られようとしていた。
守衛さんが 「オペに立ち会った子ですよ」 と教えてくれたので病院を出た所で引き止めて質問攻めにしてみる。
「佐山は大丈夫なんですか?」  「意識は戻ったんですか??」 「!!!!」
(怖かったやろーなー、あの看護士さん。まだ暗い明け方にズブ濡れの怪しい男に食い下がられて ^^;) )
そこでビビリながら小さな声で (やっぱり怖かったんやな:)
「現段階での出来ることは出来たはずです」 とだけ話してくれた。

長い夜が終わった。
試合よりも遥か長い夜やったな・・・
しかし、佐山は試合と同じく 今 まだ 生命を賭けた戦いの中にいる。
そして、選手がリングで戦っている時と同じく

「何も出来ない自分」 がいる・・・・・

続く


押忍



Photo.1
「百木&東尾」

Photo.2
「百木義文(現在・眠れる野犬)」

Photo.3
「江坂ジム外観」

Photo.4
「いつか再びこの右で!!」

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